風邪を引いた日
朝目が覚めた瞬間、喉の痛さに顔をしかめた。
風邪を引いてしまうようなことでもしただろうかと考えるが、
特に原因も浮かばず。
まぁ、なってしまったものは仕方がないとため息をついた。
すると、隣からもそもそと人が動き出した気配がした。
大佐を起こしてしまったようだ。
「ハボック……今何時だ?」
眠たそうな声でたずねられ、直に6時12分を指す時計を見る。
それをそのまま口に出そうとするが、上手く声にならなかった。
おかしい。
多少は声が出ないこともないが、苦しくて出す気にならない。
それでも必死にかすれた声で時間を口に出す。
あぁ、喉が痛い。
「風邪、か?」
布団にもぐり続けていた大佐が、がばっと起きだした。
俺がそれに驚いている隙に大佐の顔が目の前に来ていた。
「熱いな……」
こつんと額と額がぶつかる音がする。
目を丸くする俺に構わず大佐は起き上がるとさっさと部屋を出て行ってしまった。
唖然としていると直に大佐が戻ってきた。
手には体温計。
「熱、測っていろ」
命令口調でそういうと、また部屋を出て行く。
何なんだと思いながらも言われたまま体温を測る。
丁度熱を測り終えたころ扉が開く音がした。
「どうだ?」
そう聞かれたので俺は体温計を大佐に手渡した。
「8度か……今日は仕事を休め。判ったな」
はぁ…わかりました。
そういったつもりだが、その言葉が届いたかどうかは判らない。
兎に角何かを食べろとおかゆを渡される。
意外とちゃんと出来ているな。
とか思いながらそれを食べていると、
いつの間にかベットの脇に水の入ったコップと薬があった。
「それを飲んでゆっくり寝ろ」
「はい」
おっ、声が出た。
とはいえいつもの3分の1にも満たない音量ではあったが。
「無理はするな」
強い、その黒瞳。
今日は優しさが含まれていて、何か暖かかった。
「昼食はうどんを作っておく」
「大佐が?」
大佐の作る食べ物はまずくはないがおいしくもないんだよな…
「作り置きの汁に野菜を入れて煮ただけだ」
あぁ。それならば大佐でも簡単か。
少しほっとしながら俺は微笑んだ。
目を覚ましたとき1時だった。
あぁ、もうそんな時間かと思いながら起き上がる。
すると、予想外にもふらっとめまいがした。
頭がずきずきする。
あぁ、本当に風邪なんだ。
不思議な気分になりながらゆっくりと俺は歩き出した。
台所に行き着けば大佐の言っていたとおりうどんが入った鍋があった。
そのまま火をつけて傍の椅子に座って火を見つめる。
ぐつぐつなり始めても見つめていて、
はっとした時は悲惨なことになる寸前。
もう少しで噴出すところだった。
危ない危ないと思いながら火を消し、
面倒なので鍋から直接食べることにした。
味はそこそこ。
うん。おいしいかな。
大佐が用意してくれたんだよなと
暖かい気持ちに包まれながら昼食を済ます。
そのタイミングを見計らったかのように電話が鳴る。
少しためらった後、受話器を手にする。
耳に飛び込んできたのは心地よい大佐の声だった。
「昼食は食べたか?」
「はい。今丁度食べ終わったとこッスよ」
「そうか。声も戻ってきているようだな」
「ええ。おかげさまで」
実のところ、声を出すのはつらいのだが、
まぁ朝よりはましだと返事を返す。
「熱はどうだ?」
「まだ測ってないッスけど、下がっていないかと」
熱っぽさは朝から一向に変わっていない。
むしろ高くなったかもしれない。
「そうか…なるべく早く帰るつもりだが、ちゃんと暖かくして寝るんだぞ」
「はい。判ってますよ」
「あぁ、それじゃぁこれから会議なんだ。すまないな」
忙しいのに電話をかけてくれたのか。
嬉しいなと思い、感謝を口にする。
それに対してああとそっけない返事が返された。
その後、電話が切れ、
俺は大佐が用意してくれていた薬を飲んでまた眠りに付いた。
それから何度か目を覚ましながらも、夜の10時ぐらいまで眠っていた。
人間、寝ようと思えばいくらでも寝れるんだなと関心しながらだ。
しかし、辺りが真っ暗なのが気にかかる。
大佐は帰ってきてないのだろうか?
早く帰ってくるといっていたのに。
何か事件だろうか。
少し不安を心に抱きながら窓の外を眺めていた。
時間はどれほど経ったのだろう。
がちゃっと扉の開く音が鳴った。
「すまない。急な仕事が入ってしまって」
息を切らしている大佐に微笑んだ。
何事もなくてよかったと安堵しながら。
「大丈夫ですよ。さっきまで寝ていましたし」
「そうか……それでイチゴを買ってきたのだが……」
「イチゴ?」
確かに大佐の手にはイチゴ。
わざわざ買ってきてくれたのだろうか。
「どんな果物がいいかわからなくてだな、嫌じゃないか?」
「いえ、嬉しいですよ」
嫌だなんてとんでもない。
嬉しすぎる。
食べなくたって大佐の気持ちで十分だ。
「良かった……じゃぁ、口をあけろ」
「へ?」
「ほら」
ベットの脇に腰掛、俺の口にイチゴを運んでくる。
なんと言うか…嬉しいのは間違いないが…
恥ずかしいな。
それでも断るのもなんだったので大佐の手から直接イチゴを口にする。
「どうだ?」
「おいしいですよ」
本当においしい。
こんな甘いイチゴなんて久しぶりに食べたような気がする。
「ありがとうございます」
心の底からお礼を言った。
あぁ、今日は何だか幸せな一日だったなと思いながら。
「ハボック……」
「え……」
唇と唇が触れる軽い感触。
驚いて目を丸くする。
「早く風邪を治せ。これでも我慢しているんだ」
何を我慢しているのかは聴かないで置こう。
まぁ、判るような気がするが……
でも、それでも普段は俺の都合など知らぬとでもいわんばかりの大佐が我慢だなんて、
それはそれで嬉しいかもしれない。
「……中尉にもらった夕食がある。一緒に食るぞ」
ふっと微笑んだ大佐に俺も微笑み返した。
あぁ、風邪を引くのも悪くないかもしれない。
end